2015/02/20

カメラスリングと田無なおきち

cp+で杉山さくらさんを捕まえ、
お願いしたカメラスリングが届いたのでさっそくつけてみる。

いやあ、華やかですよ。

これ、布がポイントで、すっごく軽くて薄くて幅の広い生地を使ってるので
カメラをふわっとつつめるし、
首からぶら下げたとき、首への負担がすごく少ない。
カメラが軽く感じる。
いろんなストラップを使ってみたけど、これが一番かろやか。
いやあ面白い。
面白いので一番よく使うE-M1に装着。

午前は「東京人」編集者と打ち合わせ。
2年ぶりに東京人に原稿書くですよ。
夕方からは田無のなおきちへ。
ともだちが月一の軽いイベント「ゆるりアワー」をやってるので
遊びにいったのだ。
小さな店内は満員(といっても20人くらいが限度の店だが)。

毎回ゲストをひとり呼んでそれに応じたトークショーなりなんなりを楽しむという趣向。

6月にはわたしも出るそうですよ。

田無といえば田無神社。

武蔵野台地は水田に適さない土地で井戸も深く掘らねばならなかったため、
本格的に開拓されたのは、用水路が整備されはじめた江戸時代以降。
それ以前の集落は自然河川沿いに僅かにあったにすぎないわけで、
貴重なのですよ。
で、田無神社は旧田無市では唯一鎌倉時代に遡る古社で(たぶん)、
かつては現在地(青梅街道沿い)より900m近く北の「谷戸」の「宮山」にあり、
じょうどのだいごんげんしゃ(尉殿大権現社)といった。
水の神様というから、当時、このあたりは水に乏しかったことが忍ばれる。

やがて、江戸時代になり、青梅街道が敷かれ、街道沿いに集落を持ってきて宿場にしたいという幕府の以降が働いたんでしょうなあ。

田無神社のあたり、以前自転車で走ったことあるけど、とにかくいろんな街道が交錯しててややこしい。
青梅街道新青梅街道所沢街道富士街道保谷街道武蔵境通りが複雑に交差してるのだ。
この中で一番古い道は所沢街道と武蔵境通りかなという気はする。
所沢は鎌倉街道の中でもっとも主要だった上道が通っていた場所だし、
武蔵境通りを南下していくと深大寺城のあった深大寺に通じているから。

こんな感じで訪れた場所の歴史を掘るのはとても楽しいのであります。







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